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飯舘村に行ってきました。

だいぶ更新が遅くなり前の話になってしまいましたが、昨年6月30日にNPOふくしま再生の会さんの見学で飯舘村に行ってきました。(ふくしま再生の会さんのHPはこちらです→http://www.fukushima-saisei.jp/なお、2017年4月1日に一部を除いて飯舘村の避難指示は解除されています。こちらの記事は昨年の情報を元にして書かれているので、ご注意ください。

飯舘村にある村内唯一のセブンイレブンさん。私が昼食を買いに行った時には、作業員さんなどでお店が混雑していました。
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再生の会さんの本部は菅野宗夫さんのご自宅を本拠地にして、主に土日にボランティアの方が活動しています。また自宅の周囲には軽石を培地として養液を滴下するという栽培技術の実験も兼ねて野菜、稲などの試験栽培もしています。
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私が行った日は、宗夫さんの事務所を新しく建設工事している所で、完成した折には様々な訪問者を迎える建物になるとのことでした。この日は、原木シイタケの試験的な栽培実験をする所やメンバーさんが寝泊まりするのに使う霊山トレーニングセンターを見させて頂きました。元々この施設は「特定非営利活動法人小児慢性疾患療育会」がI型糖尿病の患者のために開設して30年間使っていた施設で、現在まだ飯舘村では宿泊ができないためこちらの施設を使用しています。(霊山トレーニングセンターについてはこちらをご覧ください→http://www.fukushima-saisei.jp/report/20140810/171/
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帰りはアイスクリーム屋の「まきばのジャージー」さんでアイスクリームを食べてきました。https://www.fukulabo.net/shop/shop.shtml?s=1076こちらのアイスクリームは絶品で、立ち寄るリピーターさんも多いです。
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その二か月後、8月19日にふくしま再生の会さんの報告会が開催されるという事でこちらにも参加してきました。報告会では、飯舘村の放射線5年間の変化、行政区別線量推移マップに関する説明をお聞きしました。この報告書では再生の会さんが計測した線量のデータが詳しく載っています。
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2011年10月~2016年6月の間測定した、飯舘村の空間線量の推移です。2011年10月当初は10μSv/h以上の箇所もありましたが、除染により現在では1μSv/h以下に減衰した所が大半を占めるようになってきました。※測定車による路上測定のデータです。
線量の推移 

また、飯舘村内で連続して放射線の定点観測を行っており、その説明もお聞きしました。定点観測では東北大学の惑星観測所、国立環境研究所、つくば高エネルギー加速器研究機構 、東京大学大学院農学生命科学研究科の溝口勝先生など他機関と連携して行っています。

測定器を同じ場所に固定して設置し、線量を連続的に測定することによって、長期間の線量の変化を知ることができます。
定点測定トリミング

村内に設置された線量計のうち、3台のデータ例。
全体に時間とともに徐々に低下していることがわかります。
また、共通して冬季(1月~3月)には線量が低下していることがわかります(青枠の部分)。
これは降雪によって放射線が遮られ(遮蔽効果)、それによって線量が低下したものです。
この他にオレンジ枠で囲んだ部分は、除染によって線量が低下したことを表しています。

・佐須(室内で測定):1.6μSv/h(2011年11月)→0.28μSv/h(2016年8月)
・前田(物置内で測定):2.0μSv/h(2011年11月)→0.64μSv/h(2016年8月)
・伊丹沢(室内で測定):0.5μSv/h(2011年11月)→0.17μSv/h(2016年8月)
定点測定


●徒歩測定と測定車測定の比較(比曽十字路付近:2015年7月測定) ※数値はμSv/h
徒歩測定と測定車の比較(トリミング) 

○徒歩による測定
1.道路以外の場所の線量も測定できる
2.   狭い範囲で変化する線量がわかる
→ホットスポットを探すのに適している 
→除染する際に、除染すべき場所を探す参考になる

○測定車による測定
1.効率的に広範囲の線量測定ができる
2.  付近の平均的な線量がわかる  
→村全体や地区全体の線量を把握するのに適している
→付近にいるときの被ばく量の目安になる
徒歩測定と測定車の比較 


●個人線量について
放射線が人間の身体に与える影響は、身体に浴びる放射線の総量(被ばく線量)が多いほど大きくなります。
身体に浴びる放射線の量は、

[いる場所の放射線の強さ]×[その場所にいる時間の長さ]

が目安になります。

【被ばく量のめやす】
[畑]0.6(μSv/h)×4(時間)=2.4(μSv)
[建物の中]0.4(μSv/h)×18(時間)=7.2(μSv)
[山林]1.0(μSv/h)×2(時間)=2.0(μSv)

 1日あたり合計11.6(μSv)

実際に生活していると、日によって行く場所が変わりますので被ばく量は簡単にはわかりません。
そこで、より正確な個人の被ばく量を知るためには個人線量計という測定器を身に着けて測ります。
個人線量


●個人線量の測定例
村内に滞在する方の個人線量の測定例(村内では比較的線量の高い地区の例)。
日によっている場所や時間が異なるため、被ばく量が異なります。
1時間ごとに記録できる個人線量計を使うと、行動と被ばく量を対応づけることができます。
個人線量の測定例

●個人線量の測定例(村外居住者)
村外に居住して週末に飯舘村で活動している人(ふくしま再生の会の会員)が個人線量計で測定した例です。
東京や海外に移動したときの自然放射線の被ばく量も含んで、年間約1.2mSvです。

※1日あたりの被ばく量は2週間の累積値を日数で割ったものです。
2週間の累積値が確認できない期間は除外しています。
個人線量の測定例(村外居住者)


●自然放射線との比較
地球上には、もともと放射線があります(自然放射線)。
大地からの放射線、宇宙からの放射線による被ばく(外部被ばく)の他、空気の中に含まれる放射性物質、食べ物の中に含まれる放射性物質などが体内に取りこまれて発する放射線による被ばく(内部被ばく)があります。
これらを合計した被ばく量は世界平均で年間2.4mSV、日本平均で年間2.1mSvと言われています。

以上のような自然放射線に加えて、飯舘村では原子力発電所の事故で環境にまかれた放射性物質(主に放射性セシウム137と134)から発生する放射線による被ばくがあります。
一般の人(職業で放射線を扱う人以外の人)が、自然放射線以外の放射線を浴びる被ばく(追加被ばく)の許容量は年間1mSv以下です。
飯舘村に帰村して生活する、あるいは飯舘村に通って仕事をする場合には年間の追加被ばくを1mSV以下にすることが目標となります。
そのためには、まず個人の被ばく量を正確に知ることが必要です。
自然放射線との比較

●内部被ばく 
自然放射線以外の被ばく(追加被ばく)を外部被ばくと内部被ばく合計で年間1mSv以下にするのが目標です。
外部被ばくは、個人線量計で測ることができます。
内部被ばくには「呼吸による内部被ばく」と「食べ物・飲み物による内部被ばく」があります。

○呼吸による内部被ばく
ふくしま再生の会では、2012年から村内の2か所で空気中を飛んでいる「チリ」の放射能を測定してきました。
これらの測定から、村内の空気を呼吸したときに、放射性セシウムを含むチリを吸い込むことによって被ばくする量は、最大限に見積もって

 年間1.42μSv 

と計算されます。これは1mSV=1,000μSvの700分の1ですので、計算から除外してもいい大きさと言えます。
内部被ばく(トリミング) 


○食べ物・飲み物による内部被ばく
県内で複数の施設でホールボディカウンターによる内部被ばく検査が行われています。
それらの結果によれば、流通品を食べている人から内部被ばくは検出されていません。
山菜や野生動物など、無検査の食品を食べている人の一部からは、放射性セシウムが検出されています。
村に帰って生活する場合、自家製野菜、山菜、キノコ、野生動物などを食べることによって、どれぐらい内部被ばくすることになるでしょうか。
ふくしま再生の会で、除染後の農地やビニールハウスで試験栽培した野菜から放射性セシウムは検出されていません。
山菜やキノコからは、基準値(100Bq/kg)を超える放射性セシウムが検出されています。
特にキノコでは10,000Bq/kgを超えるものも珍しくありません。
また野生のイノシシの肉からも、基準値を超える放射性セシウムが検出されています(約4000Bq/kg:2013年測定)。

普段の生活でこれらの食品を食べたときに内部被ばくするか否かを知るために、食品の放射性セシウムを測定し、食品の種類ごとに含まれる放射性セシウムの傾向を知ることが必要です。
内部被ばく 

また、2016年12月17日にはじまりの美術館で、JAふくしま未来そうま地区営農経済担当部長の西幸夫さんによるお話「飯舘牛~ブランド化までの道のりと未来~」をお聞きしました。
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それと同時に、東京電力福島第一原発事故により全村避難となった飯舘村のこと、飯舘村に起こったことを福島県内外に広く発信し、未来の世代へ伝えていくプロジェクト「いいたてミュージアム」の巡回展も2016/11/23~2017/1/9の間、はじまりの美術館内で行われました(現在は終了しています)。こちらは飯舘村の村民の皆さんが持っていた「古いモノ」「大事なモノ」「歴史的なモノ」を紹介する展覧会となっています。
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西さんが当日お話ししていたことを以下、書いておきます。

・飯舘村は準農村地域、元は馬の産地、米作りが中心だった。山脈のやませ(太平洋側で春から夏に吹く冷たく湿った東よりの風)により、3年に1回大冷害がくるので、冷害に強い農業作りとして畜産農業に転換していった。
・肉用牛の生産、1次加工を主に力を入れるようになり、昭和60年ごろには飯舘産の牛肉作りに成功した。県内の認知のため、牛肉食べ放題のバーベキューなどを行った。
・畜産農業に着手したのは40代の農業後継者が主。和牛の繁殖は最大30頭ほどで当初、技術面はまだまだだった。
・和牛の繁殖経営には女性の力、感性が必要になった。子牛の分娩、育成などきめ細かい管理は女性が向いていた。また、約5万円の定期積立貯金なども女性中心で行った。
・和牛の子牛づくりだけでなく、肉牛まで作る飼育農家の育成を目指した。
・牛の飼料には、稲わらや草などを中心に使用した。たんぱく質のとうもろこしも肉のランク付けのため使っている。肉の品質向上にはかなり苦労した。
・原発事故以降、当時の南相馬市や双葉郡からの避難者を村で受け入れたが、全村避難に伴い、遠い市町村に結果的に避難してもらうことになった。当初は一時避難のつもりで考えていて、半年で戻れるようになると思っていた。
・牛の処分の問題→近隣の市町村では、牛の受け入れが拒否された。この時、畜産農家の悲痛な意見が相次いだ。どうしても牛を放したくない農家もいた。最終的に、本宮市の家畜牧場を使用させてもらい、競りなどで処理した。全頭家畜処分になった。
・ブランド化を進めてきたので、牛を全頭手放すのは断腸の思いだった。
・数百頭の子牛が、県外で暮らしている。畜産農家が試験的に約10頭飼育している、来年に帰村する計画を立てている。
・ブランド化を目指すには肉の量と質が重要。「飯舘牛」から「までい牛」に名称を変更した、「飯舘牛」という名称は使えなくなってしまった。
・来年から営農したい農家は約50軒。村の敷地が広いので、農地の保存管理が難しいのが問題。

また、最近の飯舘村の現状ですが、6月7日から牛の放牧の実証試験が始まったとの事です。放牧がうまく行くよううこれからも見守っていきたいと思います。
福島)放牧再開へ実証試験 飯舘の田に牛が戻る
http://www.asahi.com/articles/ASK674CCVK67UGTB006.html

お相手してくださったふくしま再生の会の皆様、西幸夫様、どうもありがとうございました。




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