2016年の浜通りを知るミニ旅(2日目)

27日は26日とちょっと違う視点でという事で、近代化産業遺産に詳しい斎藤さんをガイドに6号線沿いのスポットを案内して頂きました。午前10:00頃にしおかぜ荘さんをチェックアウト後、昔の常磐線が通っていたトンネルを見てきました。こちらは広野町にある常磐線旧線の隧道、「東禅寺隧道」のトンネルで今も車道として使われています。(ちなみにこのトンネルの上にはお寺があります。)昔はSLが走っていたので、トンネル上部に黒いススの後が残っています。また、このトンネルの近くに現在使われている常磐線が通っており、海際近くを走る常磐線用線路の盛り上がっている所が、震災の津波の害を少なくした所もあったそうです。
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こちらは常磐線久ノ浜駅にある油庫。油庫とはかつて明治、大正時代に蒸気期間の電車の夜間の灯火に使われていた、燃料や軽油などを保管する倉庫です。可燃性の燃料、軽油を保管する建物のため、頑丈なレンガ造りのものが多く今も国内の駅にひっそりと残っている事が多いそうです。下の写真では柵で見えづらいですが、戦争による空襲の時の弾丸の跡などが残っています。
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その後は久之浜第一小学校敷地内にある浜風商店街に行ってきました。ここでは魚屋さん、食堂など色々な店舗が入った仮設商店街でお土産なども売っている他、その中の久之浜ふれあい情報館では震災当時の久ノ浜の様子を写真として残してあります。また、商店街の方からはありがたいことにコーヒーを頂き、色々とお話して下さいました。東北電力さんの東日本大震災復興情報レポートによると、震災後、住民の「買い物をする場所が近くにほしい」という声、商店主からの「他の地区ではなく久之浜町で営業したい」という声からこの商店街が生まれたそうです。http://www.tohoku-epco.co.jp/fukyu/report/contents/f24_hamakaze/斎藤さんのお話によると、久之浜地区は津波火災が激しかった区域とのことです。
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商店街では「いわきサンシャイン博」のポスターなど色々なイベントのポスターも貼ってありました。平成28年はいわき市が誕生日を迎えて50年を迎えるという事で、50年を記念していわき市の魅力を知ってもらう博覧会になります。「いわきサンシャイン博」は平成28年4月~平成29年3月まで行われる予定です。http://kankou-iwaki.or.jp/sunshine/

小名浜にあるアクアマリンふくしまさんに向かう途中、6号線から外れて塩屋埼灯台や久之浜区域を見ながら海沿いの道路を移動しました。私が直接久之浜の様子を見たのはこちらのまとめ(http://togetter.com/li/505210)で2013年に別の主催の方と同行して見ていったのですが、今見た限りでは津波後の住宅跡もなくきれいに整地されており、当時の面影はもうありませんでした。久之浜では防潮堤の工事のトラックがせわしなく走っていました。私たちが見た所防潮堤や堤防は久之浜から小名浜まで果てしなく長く続いており、建設工事をしている途中が窺えました。植樹された、まだ背丈が小さい防災林用の木も多々ありました。

塩屋埼灯台では多くのお客さんで賑わっていて、海から離れた高台の所に復興公営住宅もできていました。近くにあったいわき市薄磯の豊間中学校も今は解体され、かつては校内のプールに瓦礫がうず高く積みあがっていましたが、今はほぼ一面が整地された状態です。これからは防災緑地公園や宅地の造成工事が行われるとのことですhttp://mainichi.jp/articles/20150709/ddl/k07/040/044000c

また、小名浜・江名地区周辺もぐるっと見て回ってきました。こちらにある石碑は『忠烈護空』という文字から戦時中に作られた物のようです。ちなみにこの石碑の裏には機雷(水中に設置されて艦船が接近、または接触したとき、自動または遠隔操作により爆発する水中兵器)のオブジェがあります。小名浜港では近隣の海底に不発弾が見つかって爆破処理された事もあり、戦争の名残がまだ残っている所もあります。江名地区はかつて昔に漁業で栄えていた事もあり、大きな住宅やその跡もそこそこ残っています。ここの地域は温泉が豊富で、常磐炭鉱の採掘業が盛んだった頃にも温泉が湧き出るくらい湯量があったそうです。
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昼食は海鮮料理屋のさすいちさんでごはんを頂きました。惣菜を選んで食べれるバイキング形式のスペースとお料理注文して食事するスペース、お土産用のスペースの3つあるのですが、私達は惣菜を選んで食べれるバイキング形式のスペースでそれぞれメニューを頼みました。下の写真はしらす丼といくら丼です。別のお食事スペースではお昼時というのもあり、行列ができていました。お土産スペースではめひかりや干物のお魚などの魚類も購入、配送ができますので、お食事がてらお土産を買いたい人にはおすすめです。http://hitosara.com/0006027361/
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さすいちさんで昼食後、小名浜にある工業地帯、小名浜臨海工業団地をちょっと見学しました。小名浜臨海工業団地では、精錬所やプラント、石炭の山など様々な工場が集まった区域です。こちらは大剣公園にある展望塔から見た景色です。手前にあるのは小名浜石油さんの石油タンクです。タンクの石油の量により、タンク蓋が上がったり下がったりするそうです。
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その後、アクアマリンふくしまさんで近隣の海産物類の放射能測定を行っている調べラボ(たべらぼ)を担当している吉田さん、獣医の富原さんから色々とお話をお聞きしましたhttp://www.marine.fks.ed.jp/news/event/2016/2016taberabo.htmlなぜ水族館に獣医さん?と不思議に思ったところ、大型の哺乳類を飼育している水族館では獣医さんが在籍する必要があるので珍しい事ではないとのことでした。

放射能測定をしている実験室では、海産物類だけではなく各市町村から持ち込まれる動物なども請け負って測定をしています。野生動物のキツネ、アライグマ、ハチの巣などの測定結果も見せてもらいました。調べラボさんでは下の装置を使って放射能測定をします。セシウム137の測定結果は、キツネは1020±194Bq/kg、ハチの巣は大方が泥で出来ているので5560±1040Bq/kgでした。アライグマは脂肪の量が多いのもあって約500Bq/kgの値でした。(富原さんによるとキツネとハチの巣の測定では少量のため補正式適用により、0.86掛けた値が正しい値になるということです。)

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午前中に担当の方が野生動物をさばいて、容器に詰めるよう細かくみじん切りにする事が多いそうです。住宅などに住む小さなコウモリの検体も測る事もありますが、その時は補正係数などで調整して数値を出すとのことです。また、調べラボでは参加費無料、無料でお魚が食べれるという事で100名以上来る事もあるとか。今の担当が2名のみなので人員の関係でなかなか実現は難しいが、今後は出張調べラボも考えているとのでした。

こちらはお魚の年齢を詳しく調べるときに使う耳石です。耳石とは体の平衡バランスを保つ働きを持つ骨で、魚の成長とともに毎日少しずつ大きくなり、木と同じような年輪の線が刻まれていきます。お魚の寿命は種類にもよりますが、200年も長く生きる長命の魚もいるそうです。野生の環境と比べて水族館にいる魚は、ストレスや天敵が少ないのもあり寿命が長くなる傾向にあるようです。
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こちらはカジカの卵と幼魚。隣にある顕微鏡で詳しく観察します。
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水族館のバックヤードも見学させて頂きました。こちらは水槽の中に設置する擬岩です。本物の岩と違い手で持てるほど軽く、よく見ると小さな穴がちょこちょこと開いています。
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水族館に設置する予定のお魚、幼魚やお魚のえさにするプランクトン、展示している哺乳類の餌用お魚の水槽などが色々置かれています。
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また、アクアマリンふくしまさんでサンマ、ナミハゼ、コモチサヨリなどの魚の繁殖に成功した繁殖賞の表彰も飾られています。
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水族館裏手では、大型の魚介類を運送するためのレールがあります。このレールとクレーンを組み合わせて、魚介類などを運びます。
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この車は活魚車という車で展示用の生物を運ぶトラックです。ほかにも「アクアラバン」という、水族館が無い所での魚類の展示などに使われる移動水族館車があるそうです。
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アクアマリンふくしまさんは海洋科学館という括りでもあるため、大根や菜の花、ネギなども育てています。
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その後、お土産を買いにおのざき 鮮場小名浜店さんhttp://onozaki.net/onahama.htmlで色々物色。地元のお魚類を購入するのにおすすめの所です。蒸しがにや珍しい干物類など新鮮な魚介類を取り扱っています。他にもお惣菜コーナーではうにめし、あさりめしなども売られています。試験操業のお魚はまだ全体的に市場に流通している数が少なく、なかなか手に入りにくいそうです。
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ガイドの斎藤さんおすすめのお土産は福島県知事賞を受賞した長久保のしそ巻。さっぱりした大根の漬物で、販売元の長久保のしそ巻本舗さんでネットショッピングなどの購入も可能ですhttp://www.nagakubo.net/
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今回のミニ旅では普段、テレビなどでは取り上げられにくい所に行ったり貴重なお話などをお聞きしたりと色々な体験をしました。ガイドをして下さった吉川さんと斎藤さん、お話して下さった皆様方どうもありがとうございました。
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2016年の浜通りを知るミニ旅(1日目・後編)

2016年の浜通りを知るミニ旅1日目・前編の続きの記事です。夕食とお風呂の後、お部屋で吉川さんの福島第一原発廃炉に関する資料を見ながら、色々とお話をお聞きしました。以下の資料は2016年3月26日時点のものになります。(多少私の書き込みがある所もあります、ご了承ください)
福島第一原発構内配置図
(1)1~4号機の状況(2)1~4号機の現状と課題
(3)廃止措置に向けたロードマップ(4)増え続ける汚染水と循環冷却の概念図
(5)汚染水対策の3つの基本方針(6)汚染水対策と抜本対策
(7)汚染水対策と緊急対策(8)多核種除去設備の状況
(9)ダスト飛散抑制対策(10)トピックス
(11)作業員確保に向けた取り組み(12)海域モニタリングの状況

●1~4号機の状況
・KEK(高エネルギー加速器研究機構)による宇宙線ミューオンを用いた原子炉の調査により、1号機の圧力容器の中には核燃料がほとんど残っていないことが明らかになった。(KEKの宇宙線ミューオンによる原子炉調査についてはこちらをご覧ください→https://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/20140123110000/)これから2号機の詳細を調査する予定。
・1号機、3号機はこれから使用済核燃料プールからの燃料取り出しに向けて、建屋カバーを撤去中。今後、燃料取り出し用建屋カバーと燃料取扱設備を設置する予定。
・2号機は1,3号機と違い水素爆発が起きなかったため、建屋内に相当量の放射性物質がたまっている状態なので線量が非常に高い。建屋の撤去工事は慎重に作業しなければならないだろう。
・4号機では使用済核燃料プールからの燃料取り出しが2014年12月22日に完了している。比較的最近に使用したばかりの線量が高い、核燃料が保管されていたため処理作業を急いだ。まだ中には放射化した水が入っているが、隣の3号機の線量が高いのもあり放射線の遮蔽として残している。
・メルトスルーは実際起こっているのか?→核燃料が溶け落ちる際に出る、核生成物のストロンチウムが大量に気化した測定結果が無いので起こっていないと思う。格納容器の底にはコンクリートだけではなくペデステルという補強の鋼柱が多くあるので、貫通するのは難しい。
・1、2、3号機の原子炉注水量は約4.6m^3/時。これは一般的なお風呂のお湯3杯分の量。冷却に要する核燃料の熱量は相当少なくなっている。
・格納容器の燃料はおそらく粉状になっているのでは?(吉川さんの推測です)

●増え続ける汚染水の問題
・遮水壁やサブドレンからの水のくみ上げにより、原子炉建屋の地下水流入は300トンから150トンに減少した。
・建屋内の汚染水はセシウム吸着装置→淡水化装置により循環注水冷却している。事故後に海水注入などで残った濃縮塩水なども含めて多核種除去設備で処理して、貯蔵タンクで貯蔵している。2月25日時点で汚染水の量は約615,000m^3。
・多核種除去設備処理済みの水でもトリチウムが総量数億~兆ベクレル含まれており、水の量が膨大にある。今後は汚染水の蒸発処理と、トリチウム処理の法令限度の変更が必要になるのではないか。
・汚染水の貯蔵は事故当時に使っていたタンクから、今は溶接タンクに切り替えている。昔使用していたタンクは解体中。
・トリチウム水は震災前からも、福島第一原発だけではなく他の国の原発設備も放出している。汚染水の問題は浜通りの漁業組合だけに判断させるのは荷が重いと思う。廃炉だけに目が行きがちになるが、相当量の放射性廃棄物をどのように処理、処分するのは政府だけではなく自分たちが共に考えるべき問題なのではないのか?
・廃炉の本来の意味は「役目を終えた原子力設備を解体すること」。福島第一原発の敷地を更地にする状態がゴールになるのかもしれないが、汚染水や使用済みの防護服、敷地内にある瓦礫、汚染水用のタンクなどの低レベル放射性廃棄物の保管、処理をどうするべきなのか。現在の廃炉作業の予算には私達の多額の税金が使われている。廃炉をどの程度までやるのか議論するのもとても大切なことではないか?低レベル、高レベル放射性廃棄物の処分のあり方を、合理的な範疇で定めた社会合意形成を作るのは非常に大事。
・表面汚染された鉄骨など金属部品の処理も国内でちゃんと処理、処分した方がいいのでは。諸外国では純度の高い金属は貴重な資源。汚染された金属品の処理を国内で嫌がれば、自国で処理できない汚染物を諸外国に流出させて結果的に処分を他国に任せることになり、貴重な金属資源を失う事になる。

●汚染水対策
・雨水がしみ込んで、建屋内に侵入しないようにアスファルトによる敷地舗装(フェーシング)を行った結果、線量も低減した。フェーシングは終了している。敷地に流れ込んだ雨水も排泄抗に誘導して流れ込むようにしている。
・建屋から海の間にある堀のトレンチもコンクリートでふさいでいる。取水口にも水ガラスなどによる地盤改良、流出抑制をしている。地下水をくみ上げるサブドレン(井戸)は30カ所以上ある。
・現在、建屋内に流れ込む地下水と建屋内にある汚染水の圧力は拮抗している。水は圧力の高い所から低い所に流れ込む性質がある。建屋内を取り囲む凍土壁の作業は約3,4カ月かかる見通しになるが、うまく処理がいかないと建屋内の汚染水が凍土壁とそのつなぎ目の領域を乗り越えて外に出てしまう恐れがある。

●作業員の労働環境改善の取り組み
・大型休憩所が2015年3月31日に運用開始、2016年3月1日はコンビニ(ローソン)も開店している。
・廃炉の協力企業が事務手続きなどを行う新事務練は2014年10月から運用開始。今までは敷地外にある、分散していた拠点にわざわざ行かなければならなかったが、現場に密着できるようになった。
・廃炉作業員の食事を提供する、福島給食センターが大熊町に2015年3月31日に完成。給食センター、上記のローソン、大型休憩所も含めて女性の作業員も働いている。敷地内で働く女性の放射線量基準は1年間に13mSv(男性は1年間に20mSv)
・震災前は限定された企業が原発の業務に携わっていたが、廃炉技術の公募などもあり現在では名のある所も含め多くの建設会社が関わるようになっている。
・遮水壁、サブドレン建設もあって作業員の数がピークで7450人になったが、現在は約6000人前後に落ち着いている。作業員の内約3000人は福島県の人。今は通勤時の渋滞ラッシュなどが大変。

●海域モニタリングの状況
・5、6号機放水口北側、南放水口付近、物揚場前の海水濃度のセシウム134、137は大幅に減少。現在は約10~0.01Bq/L程度。

色々とお話、ご案内して下さった吉川さんどうもありがとうございました。次回は27日、2日目に続きます。

2016年の浜通りを知るミニ旅(1日目・前編)

3/26,27(土日)に今の浜通りを知るミニ旅企画を実施しました。私自身、初めてのミニツアー形式の企画という事で知人の方のみお知らせして、また2日間それぞれガイドの方にご案内をお願いしました。

3/26(土)はいわき駅前のラトブ内に昼ごはんも兼ねて、おそば屋安曇野さんでお食事しました。
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その後、参加者の皆さんといわき駅前で集合後、ガイドをして頂いた吉川彰浩さんに6号線を通りながら案内してもらいました。吉川彰浩さんは一般社団法人AFW(アプリシエイトフクシマワーカーズ)代表の方で、福島第一原発の視察会や周辺地域の現地ガイドの活動を行っています。震災前まで福島第一原発で10年間、福島第二原発で4年間勤務していた元東京電力の社員の方です。http://a-f-w.org/
また、ヤフージャパンニュースで記事の方も書いています。http://bylines.news.yahoo.co.jp/yoshikawaakihiro/

このブログを読んでいて福島県浜通りの地理、市町村に詳しくない方もいると思うので、下の気象庁さんのHPの地図を見て以下の文章を読んでいただければと思います。
●気象庁-福島地方気象台
http://www.jma-net.go.jp/fukushima/alert/alert.html

26日ではいわき市から六号線を北上して、主に広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、南相馬市小高区を見て回りました。色々吉川さんのご説明をお聞きしたのを以下、箇条書きで書いておきます。
・いわき駅前では福島第一原発行きの廃炉作業員さん用のバスが乗車、降車のため概ね停車している。朝は通勤のため、いわき駅前からバスの渋滞が起きている状態。
・賠償金も住宅の価値などが見直されて、住宅の損傷を被った避難者などの1世帯の家庭には1500万円以上支払うようになった。その事も影響してかいわき市では住宅の新築工事や建て直しなど需要が増え、地価が上昇しインフラが起きている。
・いわき市郊外では多くの田んぼ、畑が見れるが一次産業(農業)だけで生活できる人は1割も満たない。多くの農家は兼業などをしていて収入を得ている。
・除染作業員、廃炉作業員が住む住居、宅地がかなり不足しているため、企業、会社が仮設校舎を建てて作業員が暮らしている事が多い。仮説ではない宿舎、ホテルの建設も今現在続いている。廃炉作業員よりも除染作業員の数が多い。
・広野町に住む人々の割合は町民と除染作業員のおよそ半々。作業員の割合が高い。
・復興公営住宅も完成したが、住んでいる大半は高齢者。
・自分の親戚でも8,9割は避難区域である元の市町村に戻らない。
・楢葉町に帰還している人は約1,2割。夜に明かりが灯っている家があまりなく、街灯が目立つ。

富岡町に立ち寄った所、六号線沿いに富岡町交流サロンができていました。中はマッサージチェアが置いてあったり、コーヒーを飲めたりできる休憩所、お茶のみ場のような所で町民の方の交流などに使われている様子でした。ここでは富岡町の除染の進捗やこれからの復興予想図が確認できます。※2017年4月1日に一部を除いて、富岡町の避難指示は解除されました。
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私は2013年5月に他の方と一緒にここ近辺に来たことがあったのですが、だいぶ富岡町も変わったのが窺えました。(その時の様子はこちらのまとめをどうぞ→http://togetter.com/li/505210)上記のサロンができる前、ここの線量はまだ約1~5μSv/hくらいでしたが、サロンの前にある線量計を見るとだいぶ下がっていました。3年前は6号線も避難区域前にバリケードと警官の警備があったのですが、今は6号線も開通しています。町内の道路も砂利が多くて清掃されずそのままでしたが、きれいになって普通に車が通れるようになりました。まだ富岡町自体は避難区域が解除されていないため住むことはできませんが、町内にある広野警察署では普通に警察官が勤務していました。

富岡駅にも行ってきました。3年前に見た駅舎は撤去され、周辺の震災の爪痕が生々しい建物類もきれいに無くなって整地されていました。富岡駅は常磐線の再開に伴い、現在位置から離れたところに新しく建設される予定です。平成30年3月以内を目処にできるだけ早い時期に再開されるそうです。また、下右にある写真の白いものは除染廃棄物の置き場になっており、富岡町での除染廃棄物はここに集積される計画になっています。今までは仮置き場に置いてあった、大量の黒いフレコンパックが道路から見えていましたがだいぶ片付いてきたとのことです。
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また、楢葉町の楢葉遠隔技術開発センター(モックアップ施設)を外側だけ視察してきました。私たちが見たのは土曜日だったので誰もいませんでしたが、本格的に施設の稼働が始まるのは今年春からだそうです。福島第一原発の格納容器をほぼ原寸大に再現した模型があるので、非常に大きい設備です。ちなみにここでは晴れたお天気だと海にある浮体式洋上風力発電所がちょっと見えます。(写真だとすごく分かりづらいですが、真ん中にちょこっと白い風車があります)
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吉川さんのお話によると、この洋上風力発電所よりも広野火力発電所の方が電力量は大きいとのことです。また広野火力発電所は石炭ガス化複合発電(IGCC)の設備を今後建設、運用する計画です。

6号線を北上する途中、広野町、大熊町を見てきたところ、広野町では役場前にイオンのスーパーが出来ていました。広野町は震災後に町の判断で町民が全域避難しましたが、今現在は緊急時避難準備区域、警戒区域は解除されているので普通に町民の方は生活しています。ふたば未来学園の校舎も見ましたが、元々は広野中学校のものである仮校舎を使用しているためこれから本校舎が完成したらそちらに移転するとのことです。6号線沿いではコンビニはそれなりに数がありましたが、スーパーが不足しているため生鮮野菜などを卸して売るコンビニもあるそうです(24時間営業していないコンビニもあります)。27日では、大きな公園である二ツ沼総合公園で子供が遊んでいたり、公園の中にあるパークゴルフ場でお年寄りも体を動かしていました。こちらの二ツ沼総合公園内にあるレストラン、アルパインローズのシェフである西 芳照さんはサッカー日本代表の帯同シェフとして食事を提供しています。

大熊町に向かう途中、町から離れた郊外の田んぼや牧草地は除染できれいに整地されていました。山地除染された場所や作業員さんが除染している様子も見えました。途中、福島第一原発、第二原発の大きな変電所も外側だけ案内してもらいました。震災の地震で山中にあるこの変電所も地崩れが起きてしまい、地震の耐震性や安全性は原発だけではなく変電設備も必要なのではないか?と吉川さんが言っていました。当時吉川さんが勤務していた福島第二原発では、地震のために通勤に使う普段の道路が寸断、通行不可になってしまい、車での移動が大変だったとのことです。震災後は福島第二原発に通じる別の道を使って移動し、胸元まで汚染水が来ている環境の中で作業をしていたそうです。

大熊町では東京電力の社員寮、除染作業員のための宿舎の建設工事が大掛かりに行われていました。大熊町に自宅がある社員の人もいるのですが、大熊町はまだ全域で避難区域解除になっていないため、現状では遠方から通勤に来なければならないそうです。まだ大熊町は空間線量も比較的高く、6号線を通る途中車内では一時、7μSv/hを超えました。

南相馬市の小高区では、震災後精力的に活動している「小高ワーカーズベース」に立ち寄りました。普段はお忙しいのですが、運よくその日は代表の和田智行さんとお話する事が出来ました。
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小高ワーカーズベースさんは、まもなく避難解除になる小高区に住民の生活を支えるサービスを創出するという目的で小高区唯一の個人商店スーパー『東町エンガワ商店』、飲食店『おだかのひるごはん』を開業してきました。(おだかのひるごはんは現在、借りていた店舗のオーナーさんが帰還を決めた事により閉店しています)

現在は、女性にも扱いやすい仕事や職場を造る活動という事でガラスメーカー『HARIOランプワークファクトリー』社の協力で『HARIOランプワークファクトリー小高』としてガラスアクセサリーの生産・販売を始めています。こちらのガラスアクセサリーは3000~5000円の値段で主に売られています。また相馬では伝統的な、相馬大堀焼の陶器も展示されています。ガラスアクセサリー製作体験教室も行っているのでご興味ある方はワーカーズベースさんのHPにてお問い合わせ下さい。
http://owb.jp/company/

また、ワーカーズベースさんのすぐ近くにある小高駅はきれいに手入れされていました。常磐線開通も予定されている中、小高駅が早く開通されますようにと思いました。
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午後5:30頃には、宿泊する楢葉町の天神岬温泉しおかぜ荘さんに到着。ここは震災後、しばらく除染作業を請け負う企業、会社の社員、作業員さんが業務により使用していたため、しばらく一般人の使用はできなかったのですが、去年の9月から営業再開し一般の使用、宿泊などができるようになりました。
http://naraha-tenjin.net/

お部屋や大浴場の露天風呂、休憩用のお部屋から見れる景色は太平洋を一望できる抜群のロケーションです。海からの日の出も見れます。また、ここの敷地内からは天気が良い日は古墳の天神原遺跡http://www.mahoron.fks.ed.jp/tenji/02_shitei_11_1.htmや広野火力発電所も見れるそうです。
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奥内にある線量計の数字は0.08μSv/hでした。
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ホテルの中では安倍首相がしおかぜ荘に来ていたり、AKB48が楢葉町でライブに来ている様子や木戸川で鮭漁をしている写真などが貼られていました。また下記の説明コーナーによると楢葉町と会津美里町は姉妹都市を締結しており、震災時に仮設住宅の町民の受け入れや楢葉町災害対策本部の設置の協力をしていました。長崎県壱岐市も同様に、震災の復旧支援として職員派遣の協力をしていたそうです。
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4月10日、11日にスパリゾートハワイアンズで行う、福島第一廃炉国際フォーラムのお知らせポスターも貼ってありました。
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夕食ではお魚類が多くおいしく頂きました
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夕食の後、吉川さんからは廃炉の現在の状況などをお話して頂きました。お話の部分は、次回に続きます。

福島スィーツ会のお知らせ

福島スィーツ会チラシ

福島ディステネーションキャンペーンと、フルーティアふくしまの磐越西線運行http://www.jr-sendai.com/fruiteaに合わせ、今回は交流会です。福島のスィーツを食べてみたい方、猪苗代サイエンスカフェのメンバーとお話したい方などお気軽にご参加ください。

【1部】薄皮まんじゅう手作り体験教室と懇親会の【2部】スィーツ会に分かれています。片方のみ参加、両方通しで参加でもOKです。

【1部】薄皮まんじゅう手作り体験教室の会場は柏屋 磐梯高原店です。
定員は10名です、ご注意下さい。(13:00〜14:30)
http://www.usukawa.co.jp/shop/index.html
懇親会【2部】スィーツ会の会場はしおやぐらです。(15:00〜17:00)
http://homepage2.nifty.com/sioyagura/akusesu.htm

1部のみ参加の方は無料です。
2部に参加の方は参加料400円と持ち寄りのお菓子、スィーツ類をお願いします。

参加申し込みの方は下のこくちーずプロからお願い致します↓
http://www.kokuchpro.com/event/c3afc26684b8444d491651105594f390/

3/7,8裏磐梯ワカサギ釣りツアー

3/7,8(土、日)に裏磐梯ワカサギ釣り温泉ツアーを行いました。

7日はまだ雪深い裏磐梯のなか、休暇村裏磐梯さんで宿泊しました。2日間とも曇りのお天気でしたが、温泉と夕食バイキングで会津の郷土料理(にしんの山椒漬け、こづゆなど)を堪能しました。ちなみに、当日ホテルの中は学生さんの団体などごった返しており、にぎやかでした。

ちょうどメンバーが私含めて5人だったので、アウトドアスポーツクラブ、バックスの代表、徳田さんに客室に来て頂き、震災後の裏磐梯についてお話して頂きました。お話の内容は

●震災により、教育旅行など普段の売上は7割減少(売上がゼロになった施設も)
●震災によりがけ崩れの発生で、交通網が使えず一時的に陸の孤島になった。
●ワカサギの寿命は1年〜3年程。魚自体世代の交代により震災当初に比べて、かなりベクレルは減少した(今は約20Bqほど)
●放射能測定をする時、100Bqという数字がとても小さいので、誤差によって数値に差がある。10~100Bqの間でもかなり値がばらつく。
●イワナ、ヤマメはワカサギと比べて生態、寿命が違う。ワカサギなど小魚、川に落ちてくる昆虫などを食べるためか、あまり放射能は減らない。(アユは苔を食べる)川自体に堰が設けられたりするので、生息場所はある程度限られている。
●福島県産の農産物は、県内在住の子供連れの親御さんでも避ける傾向にある。
●山菜、キノコは出荷制限がかかっているので、今は地場のものは出していない。秋のキノコ祭りは、他県のものを使っている。
●磐梯山は活火山、時折火口から噴煙が登っているのが見える。
●五色沼、猪苗代湖は1888年7月15日の大規模な噴火により、川がせき止められてできたもの。
●会津特産物のこづゆ(必ず帆立の貝柱を使用する)、にしんの山椒漬けは昔、海産物が貴重な食資源だったことに由来している。
●浜通りから中通り、会津の交通アクセスが悪いため、以前からあまり浜通りの海産物は入荷されなかった。

と裏磐梯、猪苗代町周辺の地方の歴史や淡水魚の生態など様々なお話をして頂きました。どうもありがとうございました。

この後、稲川酒造のお酒 http://urx.nu/igDT七重郎(黒ラベル)袋吊りうすにごり純米大吟醸無濾過原酒と肉のおおくぼさんの馬刺し(ふたえご、ロース)http://nikuno-okubo.jp/products/list.php?category_id=2をおつまみにゆったり話しながら、飲み会をやってました。

8日は、宿泊先から少し離れた所で8:30に現地集合だったので慌ただしくチェックアウト。昨日お話してもらったバックスさんの案内によりスノーモービル+ソリに乗り、桧原湖の森を突き抜けて、釣りポイントに到着。だだ広い桧原湖をモービルに乗るのはかなり爽快。

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最初に、エサ(ピンクに着色した、生きてる虫‥)を苦労しながらめっちゃ小さい針に付けます(ここだけでぐったり(ヽ'ω`))マウスちっくの釣り竿をトントン動かして、ワカサギを誘います。何でも、桧原湖の湖上に張っている氷は暑さ約60cmぐらいあって、積層(雪と氷のウェハース状)となっているそうな。5月まで桧原湖の湖面に張っている氷は溶けないそうです。ワカサギは湖面の下10m(湖底のところ)に主にいるのですが、魚群がある所まで釣り糸を垂らします。

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アタリが小さいので目を凝らしながら、何とかコツもつかみ5人で2時間やって、取れた数は約25匹。後半1時間は若干、疲れのためか皆さん集中力がなくなってました‥。(朝早かったのもあったんですが)帰りはまたスノーモービルに乗りながら、ワカサギお食事小屋に移動。桧原湖移動途中に、スノーシュー体験をしている雪山散策中の集団の方に手を振りながら行きました。

取ったワカサギは唐揚げにして、さっそくお食事。でも小さいお魚ばかりだったので、あっという間に完食になりました。メザシの少し大きい版みたいな感じですね。


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この後、昼食はしおやぐらで食事したあとhttp://homepage2.nifty.com/sioyagura/皆さんで近くの稲川酒造にお酒をそれぞれ試飲したりで購入。その後、解散になりました。参加された皆さん、どうもお疲れ様でした。

「スノーモービル体験をしたい」「リベンジしたい」という方もいたので、また同じ企画をやるかもしれません( ・∀・)