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関西えるかふぇ「いちから聞きたい放射線のほんとう」に行ってきました。

しばらく今年のサイエンスカフェ活動は休止する予定ですが、代わりにこちらのブログ記事を不定期に更新したいと思います。更新はまちまちになりますが、箸休めとしてご覧頂ければ幸いです。今回の記事は2016年12月11日に関西えるかふぇで開催された「今だからこそ聞きたい放射線のはなし~情報にふりまわされないために~」に行ってきた記録になります。講師は大阪大学サイバーメディアセンター教授、菊池誠先生です。今回の記事のお話は2016年当時のものになります、ご注意ください。

●放射線について学び、今の状況を理解しよう
・人間の思惑と関係ないし、はっきりわかっている放射線の物理
・人間の思惑と関係ないが、少しわからない放射線の生物学(でも、かなりわかっている)
・人間が判断するリスクの捉え方
・ある程度人間がコントロールできる「現状」
・原発の是非と今の被曝状況は関係ないこと

●原子と放射線の話
・ものはみんなつぶつぶ(原子)でできている!目に見えない原子が世の中を作っている。
・原子の成り立ち:原子の中はすかすか、原子核と電子が原子を作っている。原子核を作っているものは陽子と中性子。電子はマイナス、陽子はプラスの電気を持って引きつけあっている。

・セシウム137なら…原子の種類は陽子の数で決まる。
セシウム137①


セシウム137②
・中性子の数だけが違うものは同位体。

・同位体の中には原子核の元気がよすぎてやるせないものがある。やるせなさの発散が放射線(放射性同位元素)。
・セシウムなら133→自然にある、放射線なし(体に数mg存在する)。134→原発から出る。放射能あり。137→原発から出る。放射能あり。

・放射性物質の例。カリウムは人間の体に必要な元素。ストロンチウムは微量元素として体内に存在する。
放射性物質の例

放射線の種類…
・アルファ線:陽子と中性子2個ずつのかたまり。
・ベータ線:電子。
・ガンマ線:強い光、X線みたいなもの。どれも小さいつぶつぶ。勢いよく飛んでいくので害がある。止まった放射線には害はない。

・放射性物質が出す放射線の例。トリチウムは放射線を出す水素。核実験や、宇宙を飛び交う高エネルギーの粒子である宇宙線で発生する。アルファ線を出すと別の元素に変わる。
放射性物質が出す放射線の例

ベータ線→勢いよくぶつかっていった電子はそのあとただの電子になる。ぶつかる相手は原子。ベータ線を出すと別の元素に変わる。アルファ線やベータ線を出してもまだ元気がありあまっていると、やるせなさエネルギーはガンマ線になる。

●だいじなこと…セシウム137ならベータ線とガンマ線をひとつずつ出すと、もうそれ以上放射線を出さない。ストロンチウム90なら、ベータ線をふたつ出すともうそれ以上放射線を出さない。

・半減期…放射性物質は放射線を出して別の原子に変わるので、どんどん減っていく。半分に減るまでの時間が半減期。
半減期
1個または2,3個のセシウム原子の場合だと確率もあるため、半減期通りに必ず放射線を出して減る訳ではない。

放射性物質の半減期の例
半減期の例
カリウム40は地球ができたときから残っている。カリウム40の原子1個が出す放射線はセシウム137よりも強い。

・ヨウ素131はとっくに無くなっている(初期被曝の中心)。セシウム134も最初の1/4に減っている。現在、セシウム137が主に残っている。

●単位の話
・ベクレル(Bq)…食品中・地面・体の中などにある放射性物質の量を表す単位。1秒間に何個の放射性物質が放射線を出すか表している。大人の体の中には4000Bqのカリウム40が存在しており、食事から約100Bq摂取している。食品の基準は、食品1Kgあたりセシウムが100Bqまで。この基準値の値は世界標準の数値の1/10。

セシウムの生物学的半減期
セシウムの生物学的半減期
生物学的半減期は動物、魚(淡水魚、海水魚)の種類によって違う。体に入ったセシウムは排泄されて出ていく、水俣病を起こした水銀とは違う。水銀は尿などで排出されず、消化できない。

●自然放射性物質と人工放射性物質は違う?
・放射線による被曝という意味では同じ。原子核の種類によって放射線のエネルギーが違う。
・外部被曝(外にある放射性物質が出す放射線を体の外から浴びること)はどちらとも同じ。
・内部被曝(食べたり吸い込んだりした放射性物質が体の中で出す放射線を受けること)は原子の種類で体のどこに溜まるかが違う。ヨウ素131は甲状腺、ストロンチウム90は骨にたまる。セシウムはカリウム40とよく似ており、筋肉全体にたまる。

ややこしいシーベルト(Sv)
・実効線量:体全体が受ける影響の大きさ(Sv)
・空間線量率:外部被曝の放射線の強さ(Sv/毎時)

危険度の目安(実効線量)
・10Sv‥短時間に浴びると死ぬ
・1Sv以上‥短時間に浴びるとすぐに影響が出る
・100mSv以上(0.1Sv)‥短時間に浴びると軽い影響がある。胎児が浴びると先天性異常の可能性がある。発ガンリスクが上がる事がわかっている。
・100mSv以下(低線量)‥発ガンリスクが上がる可能性があるが確認できない。発ガンのリスク以外は考えなくていい。

ガンで亡くなるリスクは100mSvにつき0.5%が目安。
がんのリスク

●とても大事なこと…被曝は「あるかないか」ではなく、どれくらい被曝するかという「程度」が問題。多ければ危険だし、少なければ問題ない。何もなくても年間2mSv程度の自然被曝がある。

ガンの問題
・DNAは普通に暮らしていても毎日たくさん壊れて、治されている(1細胞あたり毎日数万カ所)。たいていの損傷は修復される。放射線を受けると少し多く壊れる。とても運の悪い壊れ方をすると、ガンの原因になる。

自然被曝
・地面から出てくる放射線による外部被曝、宇宙線による外部被曝、食品中に含まれる自然放射性物質による内部被曝がある。
・普通に暮らしているだけで、年間2.1mSvほど被曝する。西日本は地面からの放射線が多い。体内には6500Bqほどの放射性物質が存在する。

日本の年間自然被ばく量の内訳
年間自然被ばく量のうちわけ
ポロニウムは魚を食べる割合が多い高知県で摂取量が多い、ラドンは肺がんのリスク因子。

・大気圏内核実験(1960年代)…世界中にストロンチウム90やプルトニウムが降った。今も全国でプルトニウムが検出される。

年間追加被曝1mSvってどれくらい?→安全と危険の境目ではない。
・ヨーロッパには日本よりも年間数mSv多く外部被曝するところがある。年間1mSvは外部被曝の地域差程度。
・アメリカまで飛行機で6往復すると1mSv。
・食品の基準値の場合、基準値ぎりぎりのものを1年間食べ続けたとしても内部被曝は1mSv。内部被曝1mSv分のセシウムは50000Bq以上。

ICRP勧告
・事故後に放射性物質がまき散らされた状況:年間追加被曝20mSv以下で段階的に下げる(除染など)
・平時の状況:年間追加被曝1mSv以下。ICRP勧告は日本の法律には取り入れられていないが、政策の参考にされている。日本には「平時の基準が年間1mSv」という決まりはない(よくある誤解)

食品の基準について‥食品1kgあたり放射性セシウムが100Bqまで。子ども用食品はもっと低い。根拠:食品の半分が基準値ぎりぎりまで汚染されていても、すべての年齢で年間内部被曝が1mSvを超えない。

食品の基準についての誤解いろいろ
・日本の基準は緩い→世界標準の値CODEXやEU、アメリカの基準値は日本の10倍緩い。日本の基準値は世界的に見てとても厳しい。
・原発事故前より基準を緩めた→事故前には基準値は無かった。輸入品については1kgあたり370Bqで今より高い。
・恐ろしいストロンチウム90を無視している→ストロンチウム90がセシウムの10%あると仮定して決められている。現在では、原発事故由来のストロンチウムはほとんど検出されていない。
・1kgあたり100Bqは多過ぎる→非常に厳しい基準だが、そもそもほとんどすべての食品は放射性物質不検出の状態が続いている。

福島での現状
・外部被曝:ほとんどの人は年間追加被曝1mSv以下(実測)。福島での被曝量はヨーロッパと変わらない程度。
・内部被曝:米の全袋検査で100万袋のほぼすべてはセシウム不検出。基準値超えは無し。生協の食事検査でほぼすべての家庭がセシウム不検出。

米の全量検査‥福島県で生産される米はすべて放射性物質の量を検査され、基準値以下のものだけが出荷される。実際は1000万袋のうち99.99%がスクリーニング検出限界未満。2015年は基準値を超えたものなし(確定)、2016年も950万袋時点で基準値超は0(継続中)。米にセシウムを吸収させない栽培法が確立している。

陰膳検査
・コープふくしまが100世帯の食事を詳細検査した結果、2016年に1kgあたり1Bq以上のセシウムが検出された家庭はない。年間内部被曝は多くても0.001mSv。ほとんどの家庭は福島県産も含めて、普通の流通食品を食べている。流通食品を食べている限り、内部被曝は無視できる。

●私たちは子供を産めますか?
・福島で子供を産み育てることは、他の地域で産み育てることと違わない。放射線と関係なく、子供の先天性異常は一定の確率で発生する。
・原爆2世調査で遺伝的な影響は見つかっていない、先天性異常も永久不妊も遥かに高い被曝量で生じる。
・他の地域と変わらないと即答するのは大人の義務。

以下は質疑応答&その他のお話です。
・1960年代で発生した大気圏内核実験の時のストロンチウム、セシウム、プルトニウムは今でも日本全国で検出される。福島県外のきのこにはセシウムも含まれている。
・胎内被ばくで健康影響が起きるのは、短時間で100mSv以上の時。
・チェルノブイリと福島の原発事故では放出された放射性物質の種類、量が違う。汚染面積、量がチェルノブイリより1桁少ない。
・放射能はうつらない、根底にハンセン病などの忌避と同じような穢れ思想がある。
・100mSv以上の被ばくの健康影響→原爆2世調査により、小頭症(奇形)の子どもが広島で見られた。放射線の胎内被ばくの影響と遺伝的影響は違う。
・甲状腺がんは増えているが、今までの日本全国の調査で他の比較対象と比べる術がない。甲状腺の被曝線量は最高で50mSvが確認されているが、事故由来の放射線被曝のものはおそらく見つからないだろうと予測されている。専門家の見解と報道の乖離が激しい。
・チェルノブイリで甲状腺がんが原因で亡くなった人は数人。隣国ベラルーシで当時発生した甲状腺がんは、数十%は過剰診断ではないか?すべて事故由来とは言いがたい。
・韓国では大人の甲状腺がん診断により発生数は急激に増えたが、生存率は変わらない。

また、ニセ科学に関する事も資料で少しお話されていました。資料の「ニセ科学とつきあうために」はこちらで詳細がありますので、興味ある方はご覧ください。http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/nisekagaku/gifu200704.pdf なお、上記のお話は菊池先生の書籍「いちから聞きたい放射線のほんとう:いま知っておきたい22の話」に詳しく書いてありますので、調べたい方やもっと知りたい方は本のほうもご覧下さい。http://urx3.nu/GKvx

当日お話してくださった菊池先生と関西えるかふぇのスタッフの皆様方、他の参加者の皆様、お付き合い下さりどうもありがとうございました。



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猪苗代サイエンスカフェ今年の活動お知らせ

 次回の企画ですが、新型コロナウィルス感染拡大防止のため来年以降に延期して実施したいと考えています。現在、福島県でも他県の行き来や越境を控えるよう要請が出ている事なども含めスケジュールが先行き不透明なのもあって、今年中はサイエンスカフェ活動を休止したいと思います。

 情勢を見ながら、随時詳細を決めたいと考えてますが企画開催の目途ができましたらまたお知らせします。楽しみにしていた皆様方、申し訳ありません。

2019年度の会計報告

2019年度の活動報告、計上報告を報告させて頂きます。

・5月
サイエンスカフェ「知っとこう、女性の健康と病気の事」
http://inakafe.blog.fc2.com/blog-entry-90.html

・9月
サイエンスカフェ「渋川春海と暦のはじまり~天文学と会津のつながり~」
http://inakafe.blog.fc2.com/blog-entry-92.html

●計上報告
・収入:5,000円
・支出:86,232円
(支出には猪苗代サイエンスカフェブログ英語版の翻訳費なども含みます)

頂いた参加費は猪苗代サイエンスカフェの活動費(講師の謝礼金、会場費、交通費、雑費等)に当てさせて頂きます。

今年もありがとうございました。

今月、ふくしま再生の会さんから新米が届きました。以前に新米を頂いた際とてもおいしかったので、また今年も注文させて頂きました。同封されていたチラシでは今年10月に台風19号が来たことにより被害が出て、刈り入れが普段と比べて遅くなってしまったとの事です。今回も新米をおいしく頂きました。
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今年も放射性物質検査で基準値を超えるものは出ていません。福島県では2020年から検査を縮小する方針だそうです。
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飯舘村の菅野さんから、飯舘村のお米から作ったお酒「不死鳥の如く」も頂きました。
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今年もあとわずかになりました。猪苗代サイエンスカフェに参加して頂いた皆様、ブログを見て頂いている皆様いつもありがとうございます。また来年もよろしくお願い致します。

9/29(日)サイエンスカフェ「渋川春海と暦のはじまり~天文学と会津のつながり~」のレポート

9/29(日)に猪苗代町のおそば屋しおやぐらさんで、「渋川春海と暦のはじまり~天文学と会津のつながり~」を開催しました。今回は雨模様で天気も悪かったのですが、専門の方含め10名ほど参加者が集まり盛況なにぎわいになりました。
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今回のお菓子は猪苗代町のケーキ屋「ふくすべるぐ」さんからhttps://www.fukulabo.net/shop/shop.shtml?s=820、会津地鶏のたまごプリンとプチトマトのタルトをお出ししました。プチトマトのタルトでは「プチぷよ」という特別な品種のトマトを使用しており、甘味があります。
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参加者の皆様には軽く自己紹介をして頂き、講師の佐藤賢一先生には冲方丁先生の小説「天地明察」の元ネタがご自分の本である事、また、当日の午前中に会津若松にある日新館天文台跡、会津藩校日新館を訪れたときの写真や貴重な当時の暦の写真などを見せて解説して頂きました。


会津暦、その他の地方で使用された暦の図面です。
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・日本の暦について
暦とは毎年作られるカレンダーのこと、暦法とは暦を作る理論。渋川春海は日本で初めて、カレンダーのシステムを作成した。最初は「安井」姓で、かなり後になって「渋川」姓を名乗るようになった。

・古代の日本は中国の暦と暦法をそのまま利用していた。最初は遣唐使から伝えられ、暦を司る公家の存在により江戸時代では土御門家が取り仕切るようになった。具注暦(注釈を備えた暦)と暦注(占い、暦の注釈)が当時の暦では一般的であった。商人は金融決済の関係で、暦がないと仕事をこなすのが困難だった。

・日食、月食は夜食とも呼ばれ、日食の予報が外れた時は「地球の裏側で日食が起きた」と当時、推測されていた。日食、月食は不吉な兆候とされており、中国ではその予報を必ず暦に入れていた。中国の皇帝の絶対性とその維持もあり、日食、月食の予報には専門の学者を総動員させて予報を行っていた。

・日本の暦法は元嘉(604?~692?)に始まり、江戸時代では宣明暦(862~1685)が使用されていた。平安時代から混乱の時代、戦国時代へと変遷していったため長い間宣明暦が使われていた。室町時代の時期、戦国時代の頃には地方それぞれに暦の専門家が各地に散ってしまった事で、地方歴が流行する事になった。だが、京都では現在に即した暦ができなくなってしまい神社の祭事の開催が不可能になってしまった。

・旧暦(太陰太陽暦)は複雑で、閏月の挿入などで1年が13カ月の時もあった。古代の暦には星座による星占い的な要素もあった。天文学のデータを解析するために各種の算術(昔の算数、数学)が利用された。

・地方歴では主に伊勢で作られた伊勢暦、三島暦、会津暦などがある。会津暦は会津若松の諏訪神社から頒布された。伝承では1430年代から伝えられた。最古のもので1634年に作られた暦が現存している。北関東、奥州南部にも流通した。地方暦には、それぞれ各地方ごとに日数、日付がずれていってしまう欠点があった。

・渋川春海は最初は天文学者ではなく、元々は大名、将軍などの相手をする碁打ちの家系に連なる人物だった。(当時は将棋指しの人物も幕府に雇われていた。)碁打ちの職務のため江戸と京都を行き来しており、江戸時代での人脈が豊富だった。趣味で庭に日時計を作る人物だった。京都の学問の師匠が山崎闇斎で儒学、算術を習った。1639-1715年の間、幕府から初代天文方に任命される。1665年に保科正之に招聘され、会津藩の仕事をしていくようになった。山崎闇斎の同門で暦に関わる公家の土御門泰福、当時の会津藩の和算家、安藤有益、島田貞継と人脈を持つようになり、その縁が自身が関わる改暦事業を成功に導いた。反対に徳川吉宗の治世下では、土御門家の協力が得られなかったため、暦の刷新ができなかった。

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・山崎闇斎…京都の医者の子として生まれ、後に全国でも知られた儒学者になりました。闇斎は時の会津藩主・保科正之に招かれ、会津藩士に儒学を教える事になりました。彼の功績により、会津藩の教育水準は飛躍的に向上しました。(会津日新館より)

・貞享暦とは、江戸幕府の改暦事業で最初に作られた暦。渋川春海が中国で使用されていた授時暦をモデルとし、日中の経度差を考慮して製作した。宣命暦に替わる日本独自の暦法で1685-1755年の間、施行された。だが、最初1回目の日食の予報を外してしまったり正しい暦として施行するには紆余曲折があった。貞享暦以降は、厳格な出版統制が取られた出版物としての暦が発売されるようになり、私的な暦の販売は禁止されることになった。

・貞享暦を製作するにあたり、中国の首都北京、江戸、京都には地球の経度差、時間差が存在する事を織り込んで作られた。当時において、地球は丸いという概念が既に学問上の知識として知られていた。当時の天文学の書籍では、惑星が太陽を焦点のひとつとする楕円軌道上を動くケプラーの第1法則と同等の事が書かれている。
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当時の天体観測で使用されていた道具、簡天儀(渾天儀)。中国では現在、模型として北京の国際空港に展示してある。昔の明、秦王朝から使われていた。当時はこの道具を使用して、肉眼で星を観測していた。簡天儀の使用で星が1時間に何度ぐらい動くかを計測していた。当時の中国の専門家は北極星は動かない事を理解していた。日本では江戸時代、浅草の幕府天文方天文台に簡天儀が置かれている絵を葛飾北斎が描いている。※簡天儀はどういう風に使用されていたかは、映画「天地明察」で詳しく描写されています。
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・1608年に、天体観測で使用される望遠鏡はオランダから発明された。望遠鏡は屈折式、反射式に分かれており、江戸時代後半に普及していった。庶民の関心はかなり高かったらしく、望遠鏡をのぞき込んでいる美人絵、浮世絵が残されている。望遠鏡に漆が施されているものもあった。
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上記の反射式望遠鏡は、スズが含まれているため錆びが浮かない仕様になっているそうです。

当時、使用されていた望遠鏡の実物も見せて頂きました。
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会津日新館では、純粋な天文学を教えていた。江戸時代では幕府が暦の制定を一手に握っていたため会津藩としては暦を作っていない。当時不吉と考えられていた天体現象の観測をしていた。
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天文台:天文観測施設として実際に使用されました。冬至には、ここで天体を観測し暦をつくりました。日新館の他に天文台があった藩校は水戸藩の弘道館、薩摩藩の造士館だけといわれています。

また、移設された日新館天文台跡にある祠、ピラミッドの部分は後ほどの時代に付け加えられたとの事です。右の写真の頂上にあるものは当時は日時計として使用されていたそうです。
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お話の後は実際に頒布された会津暦、伊勢暦、貞享暦の実物を見させて頂きました。日付も現代とは異なっていて、占いなどの注釈も1日毎に書いてありとても細かいです。伊勢暦の表紙は金の模様が施されており、豪華な仕様になっていました。
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こちらは中国で当時使用されていた星見図、授時暦の書物です。江戸時代後半の天体観測の記録、暦の制定に関わっていた土御門家の許状など貴重な品々も拝見しました。記録もとても細かく表で作られており(記録を付けられた当時は戊辰戦争の最中で政情が激動の時代でした)、パソコンのエクセルを見ているような感じです。
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こぼれ話や質疑応答では、モンゴル王朝では巨大な日時計が使用されていた事やイスラム圏の国々では太陰暦を使用しているため月の満ち欠けによって日付が決められている事をお聞きしました。今現在、日本で使用されている暦はヨーロッパの太陽暦であるグレゴリオ暦を1872年から導入しており、その時に1ヵ月が31日という概念も加えられました。


その後、懇親会は会場を変更してしおやぐらで軽く打ち上げになりました。参加者の皆様、また遠い所からお越しくださった佐藤先生、どうもありがとうございました。